『簗田寺 ほのあかり寛ぎ野点茶会 』雨音が彩る伝統のひととき。
簗田寺野点茶会 2024年10月5日
2024年10月5日(土)、禅宗の始祖である達磨大師の命日『達磨忌』に合わせ、簗田寺で開催された「ほのひかり寛ぎ野点茶会」は、秋の夕暮れの中で予定されていたにもかかわらず、予想外の雨が茶会を雅やかに彩りました。この茶会の主催者である千夜賀風は、武士が単なる武力を振るう存在ではなく、能楽、茶道、香道、華道、絵画、書道、陶磁器といった日本の文化と芸術の発展において重要な役割を果たしてきたことに注目しています。千夜賀風の体験プログラムでは、武士の美意識と教養に裏打ちされた芸術性を参加者に伝え、戦人でありながら文化人でもあった武士の本質を深く感じていただけるよう工夫しています。
この願いのもと、千夜賀風が主催する野点茶会は、単なる茶人の集まりにとどまらず、能楽や香道、絵画、書道、陶磁器などの各分野で活躍する方々が参画し、互いに芸術と美を高め合う場として設けられています。茶道や能楽、香道、絵画といった芸能は、室町時代以降、将軍の近くで雑務や芸能を担った同朋衆にその起源があるとされ(茶道流派の起源・系譜略図)、これらの伝統文化を再発見することで、旧き文化が今を生きる私たちに新たな感性を呼び起こすことを目指しています。
茶会当日は、降り続く浄化の雨が境内をしっとりと包み込み、通常の野点茶会とは異なる雅やかな雰囲気が漂っていました。開催の2日前にも境内に小雨が降り注ぎ、本堂や書院から眺めた雨に包まれた景色の美しさに心を奪われた私たちは、当日も雨が降ることを少し期待していました。そして迎えた10月5日、期待を超える雨模様となり、茶席は本堂や書院、衆寮、庫裡に設けられました。雨音が境内に静かに響き渡り、その幻想的な空気が茶会を一層特別なものにしました。
さらに、千夜賀風のメンバーであり、宮司および阿闍梨でもあるRYUKU氏に早朝から野点茶会成功のお祓いと祈祷を行っていただき、境内は清められた清浄な空気に満ちていました。このように整えられた空間の中で、参加者たちは格別な体験を味わうことができました。
開会の儀式: 響き渡る謡と心に残る献茶
開会の儀式では、観世流能楽師シテ方の武田宗典氏による謡が本堂から響き渡りました。かつてチェコの修道院で演奏されていた方が「簗田寺の本堂は、チェコの修道院と同じように音が響き渡る」と語っていたほどであり、その言葉通り、雨音と共鳴するように、その声が境内全体に広がり、静寂と雅が調和する神聖な空間が生まれました。さらに、茶会の折々にも武田宗典氏に謡を謡っていただき、茶会や季節、場面に合わせたセンス溢れる選曲で5曲が奉納され、茶会全体に一層の深みと風情が加わりました。
続いて、千夜賀風の代表による東福門院(徳川家康の孫娘:徳川和子)のご位牌への献茶が行われ、特別に簗田寺ご住職秘蔵の貴重な茶碗が使用されました。この献茶は、茶会の格式と厳粛さを象徴するものであり、参加者に深い感動を与えました。
4つの茶席が織りなす多彩な魅力と特別なひととき
今回の茶会では、4つの茶席(玉川遠州流、山田宗徧流、表千家、江戸千家)が設けられ、それぞれが異なる魅力を持つ特別なひとときを参加者に提供しました。これらの茶席の中心には、寛永文化を華やかに咲かせた東福門院の精神が根付いており、日本文化をただ受け継ぐだけでなく、新たな形でその魅力を発信していくという意気込みが感じられました。
茶席では、流派ごと(茶道流派の起源・系譜略図)の所作や風習の違いも印象的で、武家の茶道を受け継ぐ玉川遠州流では、刀を左に差すため袱紗を右腰につける一方、千利休の孫で左利きだった千宗旦以降の千家流(宗旦の息子たちが創設した表千家、裏千家、武者小路千家)や、その弟子や子孫が広めた山田宗徧流や江戸千家では、袱紗を左腰につける所作が特徴として見られました。また、千利休が取り入れた茶室の躙り口は、帯刀したままでは通れないほどの高さと幅で設計されており、武士が刀を外して平等の精神を体現するための工夫が施されています。千夜賀風では、このような武士文化の背景に根ざした物語を大切にし、日本の美意識と教養に裏打ちされた武士の精神を伝えようとしています。
まず、玉川遠州流の齋藤 森瑠氏によるお点前では、清らかな空気をもたらす場を清める所作から始まり、東福門院が養母であった霊元上皇の茶匠、大森漸斎が創始した伝統の技と美意識が息づいており、その一つ一つの所作に、長い年月を経て磨かれた武家茶道の威厳と優雅さが溢れていました。
格式高い所作で点てられた抹茶が差し出されると、参加者はその上質な香りと美しい緑の色合いに、森瑠氏のこだわりと茶道への深い敬意を感じました。そして一口含んだ瞬間、その抹茶の別格の味わいに驚き、格別な抹茶が使用されていることがわかるほどでした。口に広がる豊かな風味からは、日本文化の奥深さと、茶道に込められた静かな情熱が伝わり、言葉では言い表せない感動が心に染み渡っていきました。
このひとときは、ただお茶をいただくというだけでなく、森瑠氏の所作を通して日本文化の精神と深く対話する貴重な体験となりました。茶席全体を通じて、茶道の歴史と美意識を堪能する贅沢なひとときを過ごすことができ、参加者たちは、静けさの中に満ちる凛とした空気と、茶道の伝統を全身で感じる瞬間に、まさに日本文化の深みに触れるひとときを存分に味わいました。
次に、山田宗徧流の忌部 孔氏による茶席では、伝統に根ざしながらも現代に響く新しい世界観が表現されました。孔氏のお点前には、おもてなしの心が込められ、参加者は一服のお茶を通じて、茶道の精神に触れることができました。その洗練された所作とお茶の風味に、参加者たちは感嘆の声を上げていました。
さらに、この茶席では、和ギターリスト渥美幸裕氏とSound Designer Poropiore氏による音楽セッションも行われ、雨音とともに静かに響き渡る音楽が茶会に新たな響きを添えました。開催日を前に、Poropiore氏は東福門院のご位牌と静かに向き合うひとときを持ち、無理に伝統に寄せるのではなく、自然に新しい形が生まれる大切さを感じたと語られていました。その思いが込められた音楽は、まるで陶芸や彫刻のように重厚でありながら繊細で、参加者たちはその音の美しさに耳を傾け、時の流れを忘れていくようでした。孔氏のお点前を見入りながら、何時間も音楽に浸り、心が穏やかに満たされていく感覚が、音と所作の調和の中で深く心に刻まれる、特別なひとときとなりました。
また、表千家の参禅会茶席では、軒先から滴る雨がしとしとと落ち、雨音が静かに響く最も風情ある景色の中でのお点前が行われました。この茶席では、茶道と禅の融合がテーマとなり、雨音の調べに包まれながら参加者たちは心静かにお茶をじっくりと味わう特別なひとときを過ごしました。軒下の光景は、まるで自然が生み出した一幅の絵のように美しく、雨の中でのお点前が茶席の雰囲気に一層の深みを与えました。
その場で静かにお茶をいただくことで、参加者たちは自身の心と向き合い、普段の生活から離れて自分を見つめる時間を持つことができました。雨が滴る音が心に染み入り、茶道の所作と共に身も心も清められていくような感覚がありました。お点前が進むにつれ、参加者たちは茶の湯がもつ本来の静寂と深い精神性を全身で感じ取り、心が澄み渡るようなひとときを味わいました。
この茶席で心と身体が一つになる瞬間は、まさに日常の喧騒から完全に解放され、ただ静かに茶と向き合う贅沢な時間であり、参加者にとっては特別な体験となりました。
最後に、江戸千家 他 千夜賀風 × 朱華羅茶席では、墨絵師 朱華羅氏による荘厳な墨絵『千龍千眼』の金屏風が背景を彩り、その存在が茶席の雰囲気を一層引き立てていました。金屏風『千龍千眼』がここにやってきたのも、何かのご縁かもしれません。簗田寺には龍にまつわるものが多く残され、まるで龍神に守られた場所であるかのように感じられるのです。
簗田寺の本堂裏には「龍王ヶ池」があり、「池に住む龍が寺の再興を見守り、真東に飛んでいった」という伝説が語り継がれています。また、本堂裏の土塀や瓦も龍を模した形をしており、細部に至るまで龍の息づかいが感じられる造りです。さらに、簗田寺の歴史にも龍にまつわる縁が刻まれ、初代住職は龍神伝説が色濃く残る 曹洞宗 関東三大寺の龍穏寺 第21世 鉄春嶺寿大和尚が務め、その後を継いだ第2世住職は、龍穏寺 第27世であり曹洞宗 大本山 永平寺トップの第34世 馥州高郁禅師でした。雨が降りしきる中、東の山門を駆け抜ける白龍を見たという者や、東の空に龍の形をした雲を見たという話も残る簗田寺の地に、千の龍と千の眼を描いた『千龍千眼』がこうして飾られたことは、まさに神秘的なご縁といえます。
この茶席では、5月に行われた簗田寺薪能でお香の演出プロデュースを担当し、さらに6月に公演された観世流能楽師 武田宗典氏の『道成寺』記念限定品「携帯お香ケース」に特別調合のお線香を制作したKoto氏が香りの演出を行い、茶席全体が神聖な空気に包まれました。今回の野点茶会に際しても、Koto氏が特別に用意した塗香「龍空」と「悠久」は、茶会開始とともに完売するほどの人気を集めました。そっと漂う香りにより、視覚だけでなく嗅覚でも茶席の趣を感じ取れることで、参加者たちは五感で日本文化の神秘に触れられる特別な体験を味わいました。茶席には、龍の神秘的な力が満ちるかのように静かで清らかな空気が流れ、参加者たちは日本文化の豊かさと奥深さを体感し、心に刻む贅沢なひとときを過ごすことができたのです。
茶席を彩る特別なお茶菓子
山田宗徧流の忌部孔氏による茶席では、ArohaPonoの手作りお茶菓子がふるまわれました。『ArohaPono』が心を込めてお届けするお茶菓子は、愛 (aroha) と真実 (pono) が一つに結びついたかのような温もりに満ちており、厳選された素材から生まれる一品一品が、茶会の穏やかな時間に幸せの瞬間をもたらしました。参加者たちは、丁寧に作られたお茶菓子の味わいと優しさに心を和ませ、茶席のひとときがより深みのあるものとなりました。
一方、江戸千家 他 千夜賀風 × 朱華羅茶席では、簗田寺の精進料理「ときとそら」による季節の恵みを生かしたお茶菓子がふるまわれました。四季折々の自然の恵みを織り交ぜた『ときとそら』のお茶菓子は、茶会に豊かな味わいを添え、参加者にとって特別なひとときを提供しました。口にするたびに季節ごとの物語が広がり、その繊細な甘さと美しさを存分に堪能できるお茶菓子が、茶席に華やぎと奥深さをもたらしました。
剣士たちの真剣技斬りと芸術の共演:金屏風『千龍千眼』と謡『敦盛』の中で
千夜賀風の剣士たちは、墨絵師朱華羅氏による金屏風『千龍千眼』を背景に、観世流能楽師シテ方の武田宗典先生の謡『敦盛』が響き渡る中、本堂前で真剣による技斬りを披露しました。今回の野点茶会では、茶道を嗜んだ武士の精神と美意識を体現するために、千夜賀風の剣士たちが日本刀をふるいました。今年5月17日に開催された簗田寺薪能の四方祓いの儀では、場を清めるための袈裟斬り一刀のみでしたが、武士としての伝統を重んじるこの茶会では、剣士たちは、まず基本の技斬りから始め、続いて稲妻、燕返し、水返し、風車といった高難度の技斬りを次々に展開しました。静寂と緊張感が漂う中、剣の鋭い動きが境内に冴え渡り、その日本刀の斬れ味が場の空気を引き締めました。
静寂の中で繰り広げられるその姿は、技と精神力が一体となり、金屏風『千龍千眼』の荘厳さと能の謡『敦盛』の雅やかな雰囲気と見事に調和し、美しさと迫力を際立たせていました。参加者たちはその瞬間ごとにに見入られ、息をのむようなひとときを過ごしました。
特別なデモンストレーションと伝統工芸の技
今回の茶会では、通常デモンストレーションを行わないことで知られる茶杓師、海田 曲港氏が、特別に茶杓作りを披露してくださいました。簗田寺という特別な場だからこそ実現したこのデモンストレーションは、参加者にとって貴重な体験となりました。曲港氏が使用した煤竹を削るナイフは、日本刀「菊一文字」に由来するもので、鎌倉時代に後鳥羽上皇が自ら焼入れしたと伝えられる歴史的な刀の名にちなんでいます。その鋭い刃先が竹に触れるたびに、曲港氏の巧みな手さばきが竹の繊維を滑るように削り出し、道具の斬れ味とともに曲港氏の卓越した技術が伝わってきました。特に、曲港氏の繊細な作業に見入っていた子どもたちの目が輝いていたのが印象的でした。
光と静寂が織り成す幻想空間:沙螺氏による茶会インスタレーション
インスタレーションアーティストの沙螺氏による光をテーマにした空間インスタレーションは、茶会の空間に一層の深みと幻想的な雰囲気をもたらしました。光の柔らかな反射や影の揺らめきが、訪れる参加者の心を静かに包み込むようで、茶会の空間に自然と溶け込みながら、異次元に誘うような不思議な効果を生み出していました。
この作品は、見る人の角度や動きによって表情を変え、まるで光そのものが生き物のように、茶会の空気と一体となって息づいているかのようでした。沙螺氏のインスタレーションは、光の美しさと静寂が織り成す神秘的な空間を作り出し、参加者たちはその光と影の中で、自らの内面と向き合う時間を感じることができました。
特別な野点茶会:参加者の心に刻まれるひととき
この日、雨の中で開催された「ほのひかり寛ぎ野点茶会」は、通常の野点茶会とは趣が異なり、まさに印象深い一日となりました。しとしとと降り続く雨が境内をしっとりと包み込み、予定とは異なる環境が生まれたことで、逆に多くの参加者にとってこの茶会がかけがえのない思い出となりました。雨音を背景にした茶席や、雨に濡れた庭園を眺めながらのお点前には、通常の晴れた日の野点では感じられない静寂と雅やかな風情が漂い、参加者たちは心の奥深くに染み入るような体験を味わったようです。
ある参加者が、「ディズニーランドに行くよりも、今日この茶会に来た方がずっと楽しい」と感想を述べてくださり、主催者にとっても大きな励みとなる瞬間でした。その言葉は、茶会がもたらした深い印象と、伝統文化に触れながら得られる心の静けさや贅沢さを物語っています。雨の中での開催がかえって茶会に特別な意味を添え、参加者たちにとってただのイベントを超えた心豊かな体験をもたらしました。
千夜賀風は、今後もこのように、日本の伝統文化の魅力を多くの人々に届け、新たな形で文化を創造していくことを目指しています。今回の茶会を通じて、参加者たちは日本の美と心に触れる特別な時間を過ごし、その経験が心に長く残り、日常における文化への理解や愛着を深めるきっかけとなることを願っています。