【胡床・床几製作】日本刀・抜刀体験|千夜賀風が設える正絹帯の座文化
刀を迎え、人を鎮める座
― 千夜賀風が設えた正絹帯の胡床・床几 ―
千夜賀風の活動の場には、
既製品はほとんど存在しません。
それは、試斬台や刀掛けだけでなく、
剣士や来訪者のために設える胡床・床几においても同様です。
千夜賀風では、正絹帯を用いたオリジナルの胡床・床几を、一つひとつ、自分たちの手で設えています。
古くより受け継がれてきた帯の意匠と、
武士の場とともに受け継がれてきた座の文化。
その二つを重ね合わせながら、現代の場へと還るかたちを探ってきました。
胡床・床几という、日本古来の座の文化
胡床(別称:床几、合引、相引)は、もともと遊牧民族が用いていた携帯式の椅子が、中国を経て日本へ伝わったものとされています。
「胡」という字は、古代中国において周辺異民族を指した言葉に由来し、胡瓜、胡椒、胡弓などにも、その名残が見られます。
日本ではすでに古墳時代後期の埴輪にも胡床の姿が見られ、戦陣、狩場、宮廷儀式、貴族の外出など、さまざまな場面で用いられてきました。
室町時代頃には「床几(しょうぎ)」とも呼ばれるようになり、戦陣で将が掛ける座であったことから、「将几」と表記されることもありました。
文人座りと武人座り
胡床・床几には、座り方にも文化があります。
同じ床几であっても、どの向きに置き、どの方向から座るかによって、その意味合いや見え方が変わります。
文人座り(宮座り)
側面に「×(バッテン)」の木組が見える向きで座る形式。
神社仏閣や宮廷文化の中で広く見られる、もっとも一般的な座り方です。
静けさと落ち着きを感じさせる座り方であり、神社仏閣や儀礼的な場にもなじむ形式です。
千夜賀風では、奉納演武や抜刀体験など、その場の性質や所作の意味に応じて、文人座りと武人座りを使い分けています。
武人座り(武者座り)
正面に「×(バッテン)」の木組が来る向きで座る形式。
戦国武将たちが好んだとされる座り方です。
武人座りでは、いざという時に前方の木組を足で払い、すぐに立ち上がれるよう、床几の向きと身体の位置関係が意識されていたといわれています。
静かに座していながら、いつでも立てる。
その構えには、武士文化特有の緊張感が宿っています。
正絹帯を、座へと還す
千夜賀風の胡床・床几には、正絹帯を用いています。
正絹帯には、織り、色彩、文様の一つひとつに、
日本の美意識と職人の手の跡が息づいています。
光を受けたときの艶、文様の奥行き、絹ならではのしなやかな気配。
それらが、胡床・床几という座のかたちに、静かな品格を添えてくれます。
正絹帯を用いた千夜賀風の胡床・床几は、一つとして同じものがありません。
帯の文様、色の重なり、光の受け方。
それぞれが異なる表情を持ち、座るための道具でありながら、ただそこに在るだけで、場に静かな華やぎを添えてくれます。
開いて座を設えたときはもちろん、閉じて置かれているときにも、その佇まいには、凛とした美しさがあります。
身に纏うために織られた帯の美しさを、
今度は「座」として、場の中に息づかせていく。
そこには、日本の美意識を単に飾るのではなく、
今の時間・今の身体・今の場へと還していく、
千夜賀風の「還る文化活動」の思想があります。
神社仏閣の場で使われる床几
千夜賀風の奉納演武の場において、剣士たちが胡床・床几に腰掛けていたことに、お気づきになりましたでしょうか。
神社仏閣という神聖な場において、ただ「座る」のではなく、どのような座に身を置くかもまた、場を構成する大切な要素だと考えています。
畳の縁に沿わせ、座る向きや間合いを整えながら設える床几。
そこには、日本刀の所作と同じく、「場を乱さない」という静かな思想が息づいています。
旧きに倣い、今に還る
私たちは、
過去の形式を再現することだけを目的としているわけではありません。
また、現代的な利便性だけを追い求めているわけでもありません。
かつて、日本人が自然に持っていた座り方、待ち方、構え方。
その身体感覚や精神性を、今の時間・今の身体・今の場へと還していくこと。
千夜賀風の胡床・床几もまた、そのための静かな設えとして、一つひとつ、自分たちの手で生み出されています。
千夜賀風の抜刀体験や奉納演武の場にお越しの際は、
ぜひ、この床几にも腰掛けてみてください。
そこにもまた、
還る文化の時間が、静かに息づいています。
