【刀掛け製作】日本刀・抜刀体験|千夜賀風が神社仏閣に設える手仕事
刀を迎え、心を鎮める
― 千夜賀風が設えた二十本の刀掛け ―
千夜賀風の活動の場には、
既製品はほとんど存在しません。
それは、試斬のための試斬台だけでなく、
刀を休ませ、迎え入れるための刀掛けにおいても同様です。
千夜賀風で用いられる刀掛けは、
すべて、自分たちの手仕事によって設えたもの。
向き合う刀の数に応じて、
十二本、十六本、二十本と、段階的に刀掛けを設えてきました。
一本、また一本と増えていく刀に対し、
その都度、どう迎え、どう置き、どう鎮めるかを考えながら、
必要な数を、必要なかたちで整えてきました。
刀掛け ―― 掛けるためではなく、迎えるために
刀掛けは、単なる保管具ではありません。
それは、刀を「置く」ためのものではなく、
刀を迎え、休ませ、鎮めるための場です。
抜刀の前後、
人の手を離れた刀が、
ふたたび静けさへと還っていくための場所。
千夜賀風では、
刀掛けを、道具の一部ではなく、
場の一部としての設えとして捉えています。
自分たちの手で設える理由
既製品を揃えることは、決して難しいことではありません。
しかし、神社仏閣という神聖な場において、
奉納演武や四方祓いの儀を行う以上、
「何を使うか」以上に、
「どのような姿勢で設えるか」が問われると考えています。
素材を選び、
寸法を決め、
刀を掛けたときの高さや間合いを確かめながら、
一本一本に向き合う。
そうして設えられた刀掛けは、
量産された器具とは異なる、
場に馴染む静けさを宿していきます。
刀は、掛けられることで語り出す
刀は、振るわれることで語るだけではありません。
静かに掛けられることで、語り出す時間があります。
刃の反り、
拵えの佇まい、
鞘に納められた気配。
刀掛けに掛けられた刀は、
斬るための道具である以前に、
一本の存在として、そこに立ち現れます。
その姿に向き合うこともまた、
千夜賀風が大切にしている体験の一部です。
試斬台と刀掛け ―― ふたつでひとつの、静かな設え
試斬台が、
刃と向き合い、心を定めるための設えであるならば、
刀掛けは、
刀を迎え、心を鎮めるための設えです。
斬る前と、斬った後。
動と静。
緊張と解放。
その両端を支えるために、
試斬台と刀掛けは、
同じ思想のもと、設えられています。
旧きに倣い、今に還る
私たちは、
過去の形式をなぞることを目的としていません。
また、現代的な利便性を優先しているわけでもありません。
かつて、武士たちが
刀とともに在った時間の中で育まれてきた
向き合い方、掛け方、鎮め方。
その精神性を、
今の時間・今の身体・今の場に還すこと。
千夜賀風の刀掛けは、
そのための、
静かで確かな設えとして、
一つひとつ、手から生まれ、場に宿ってきました。
千夜賀風の場に立たれた際は、
ぜひ、刀が掛けられている時間にも、
目を留めてみてください。
そこにもまた、
体験の本質が、静かに息づいています。
